【顔画像】安福久美子とは何者?名古屋未解決殺人事件の容疑者の素顔
名古屋で起きた未解決殺人事件の容疑者として逮捕された安福久美子容疑者。
26年越しの事件解決で注目を集めている安福久美子容疑者はは被害者の夫・悟さんと高校の同級生で同じ軟式テニス部に所属していたという衝撃的な事実が明らかにされました。
ここでは、高校時代の人物像と当時の関係性から、事件との関わりに迫っていきます。
高校時代は控えめな性格?卒業アルバムから見えた人物像

安福久美子は、名古屋市内の高校に通っていた当時、特に目立つ存在ではなかったようです。
文春の報道によると、クラスの女子が少なく、全体的に大人しい雰囲気の中で「感じのいい子」として見られていたとのことです。
同級生からの証言では、「男子に好かれてもおかしくないような雰囲気のある生徒だった」とされており、明るさよりも落ち着いた印象を与えていた人物像が浮かび上がります。
そんな安福久美子は、特に注目されることもなく、控えめな学生生活を送っていたと考えられています。
この時点では、将来こんな事件に関わる人物になるとは、周囲の誰も想像していなかったはずです。
彼女の“静かな過去”が、後に“沈黙の狂気”として現れることになるのです。
次は、悟さんとの接点について詳しく見ていきましょう。
安福久美子の動機と心理状況が明らかに!26年前の失恋が狂気に変わった理由
事件の動機を探ると、安福久美子の心に潜む“被害者意識”と“逆恨み”が浮かび上がってきます。
26年前の未解決事件の真相は、高校時代の片思いとその後の人生への不満から生まれたものでした。
片思いがこじれた?悟さんへの執着と被害者意識

安福久美子は、高校時代に悟さんに抱いていた片思いを長年引きずっていたとされています。
悟さんへの告白をしたものの、恋が実らなかったことをきっかけに「自分の人生がうまくいかなくなった」と感じていた可能性が高いです。
このような被害者意識は、次第に「悟さんに人生を壊された」という逆恨みに変化していったと筆者は考えます。
その怒りの矛先は、悟さん本人ではなく、その妻・奈美子さんに向けられたのです。
自分だけが傷ついたという思い込みと、悟さんの幸せな家庭への嫉妬が、長年かけて狂気を育てたのかもしれません。
次は、彼女が抱えていた生活の不満や心理状態について詳しく見ていきます。
結婚・家庭生活がうまくいかず、悟さんへの逆恨みに?
報道では、安福久美子の私生活について詳細には語られていませんが、事件後も地道にアルバイトを続けていたとされています。
家庭や人間関係において満たされない思いを抱えていた可能性があり、それが悟さんへの“逆恨み”という形で長年残り続けたと考えられます。
既婚者であるものの、自分の生活に不満を感じており、幸せを得られなかった理由を外部に求め、「悟さんが自分を拒んだから」と結びつけてしまった結果、悟さんの妻・奈美子さんに敵意を向けるようになったのでしょう。
犯行に至るまでの過程には、誰にも気づかれないまま心の中で募っていった恨みと孤独があったと考えると、非常に痛ましい事件です。
次は、実際の犯行後の心理と供述内容について見ていきます。
犯行後の心理と供述内容「事件のときに手をケガした」
逮捕後の供述で、安福久美子は「事件の際に手をケガした」と語っています。
現場には血痕が残されており、DNA鑑定によって彼女のものと一致したことが、今回の逮捕の決め手となりました。
最初はDNAの提出を拒否していた安福久美子でしたが、逮捕直前に一転して応じ、その後一人で警察署に出頭。
その行動からは、罪の意識や後悔、または“もう逃げられない”という心理的な限界が見て取れます。
長年心に秘めた感情がついに表面化し、現実と向き合わざるを得なくなった瞬間だったのかもしれません。
次は、悟さんの住所をどうやって知ったのか、きっかけとなった出来事を解説します。
悟さんの住所をどうやって知った?名簿入手のきっかけと事件5か月前の出来事
事件の大きな鍵を握っていたのが、「なぜ加害者が被害者宅を知っていたのか?」という点でした。
そのきっかけとなったのが、事件の5か月前に開かれた高校のソフトテニス部のOB・OG会だったと見られています。
テニス部のOB・OG会で配布された名簿が鍵?
報道によると、悟さんと安福久美子が所属していた高校のソフトテニス部では、事件の5か月前にOB・OG会が開催されていました。
その場で配布された名簿に悟さんの住所が記載されていた可能性があり、安福久美子はそれを通じて被害者宅の場所を知った可能性が高いです。
被害者の奈美子さんと安福久美子には直接的な接点はなく、事件当時は見ず知らずの相手だったとされています。
つまり、犯行は完全に“住所ありき”で計画されていたものと見られており、長年の執着心と恨みが背景にあったことがうかがえます。
ここからは、26年越しに逮捕へとつながった警察の捜査手法を振り返ります。
なぜ今になって逮捕?DNA再捜査と逮捕までの経緯
長年未解決だったこの事件に大きな進展があったのは、警察が行った再捜査がきっかけでした。
昨年、愛知県警は捜査対象者を洗い直し、数百人にDNA提出を求める再調査を実施。
その中に安福久美子も含まれており、当初はDNA提出を拒否していましたが、出頭直前に応じました。
そのDNAが現場に残された血痕と一致したことで、26年越しの事件はついに容疑者逮捕へとつながったのです。
これにより、長年苦しんできた遺族にとって、ようやく一区切りが訪れた瞬間となりました。
次は、事件そのものの経緯と現場の様子、そして26年間の捜査の記録を見ていきましょう。
名古屋で起きた殺人事件の全貌と26年間の捜査の軌跡
26年もの間、未解決だった名古屋の殺人事件。
その全貌と、犯人逮捕に至るまでの家族と警察の執念の軌跡をここで振り返っていきます。
事件の概要と現場の様子
1999年11月13日、名古屋市西区稲生町のアパートで、当時32歳の主婦・高羽奈美子さんが刺殺される事件が発生しました。
高羽さんは自宅で複数回刺されており、2歳の長男がすぐそばにいたにもかかわらず、命を奪われてしまいました。
玄関には犯人のものとみられる血痕が残されており、犯行時に手をケガした可能性があるとされていました。
しかし犯人特定には至らず、事件は長らく“未解決”のまま、家族と地域に深い傷を残していました。
次は、被害者家族がどのような思いでこの年月を過ごしてきたのかを見ていきます。
夫と息子のコメントから見る家族の想い
高羽奈美子さんの夫・悟さんは、事件から26年間、現場のアパートを借り続けてきました。
息子の航平さんも、小学生の頃から父と一緒に情報提供のビラ配りを行うなど、家族で犯人逮捕を願い続けていたことが報道で明らかになっています。
悟さんは逮捕後、「奈美子もこれで許してくれるのでは」と語り、息子の航平さんも「父の執念が生んだ逮捕だと思う」とコメントしています。
この言葉からは、家族が26年の歳月をどう生きてきたのか、その重みが伝わってきます。
次は、現場の保存とDNA再捜査によってどう事件が動いたのかを振り返ります。
長年借り続けた現場のアパートが捜査の決め手に
悟さんは事件現場となったアパートを26年間解約せず、そのまま借り続けていました。
この執念が、現場保存という形で功を奏し、2025年に再び現場検証が行われた際には、安福久美子容疑者を立ち会わせた検証も実施されました。
当時の状況と容疑者の説明はほぼ一致しており、証拠として現場に残されていた血痕もDNA一致により、逮捕の決め手となりました。
被害者家族と警察、それぞれの粘り強い姿勢が、この未解決事件をついに終止符へと導いたのです。